ラベル 歴史 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 歴史 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2010年3月20日土曜日

二百年続く冬の伝統、十六念仏 (じゅうろくねんぶつ)

〈一年に一度、奥様達のお茶飲み会〉

念仏は「唱名とり」の発声から始まる。

旧暦一月十六日に行うことが名前の由来とされるこの行事には、集落一軒につき一人の年長の女性達が集まる。起源は不明だが、「娯楽の無い冬に仏を弔う練習をしましょう」ということからはじまったとされる。また、寛政十一年(1799年)「越後魚沼郡芋川村」時代の古文書にも記載があり、二百年以上の歴史があるとわかる。


記載のある古文書


特徴は車座となり、長さ約
8メートルの大きな数珠を「南無阿弥陀仏」と唱えながら13周まわす。そして代表者が数珠を束ねて持ち、背中を叩いて健康を祈願するというもの。念仏の後はもう一つの大事な目的、お茶飲み会。皆で持ちよった料理を食べながら会話をすることで、今もなお世代を超えて集落の伝統が伝えられている。








数珠で勢いよく叩く

2009年4月24日金曜日

第一回 / 清津川・歴史ミステリー

〈 芋川の歴史は水の歴史〉

古文書から歴史を読む高橋忠雄さん(右)と南雲編集長(左)

芋川集落のルーツを探るべく、集落内の旧家、谷内(ヤチ)の高橋忠雄さんを訪ね、家に残る古文書や古地図を拝見しながら話を伺った。集落の歴史は今から約550年前、文安年間にまで遡る。当時この一帯には稲荷川から分岐した支流が流れており、時の室町幕府から取水の権利を得た谷内の先祖達が、隣の倉俣から移り住み開拓していったという。清津川との間の中州の様だった土地はとても湿った地盤で、川の氾濫にも度々見舞われるなど、水害に苦労したという話も多く聞く。いつしかその支流は無くなり、川の名前「芋川」が集落の名称として残ったのではとのことだが、集落には今も湧き水が豊富であり、豊かな水の文化はその流れと共に受け継がれている。

今回拝見させていただいた、芋川集落一帯が描かれた古地図